マンション投資はうまくいくのか? 不動産投資編
自分は、ワンルームマンション投資をしています。
東京ではなく大阪に。大阪に縁があったわけでは無いのですが、
・東京に比べて割安感があった
・地方の中では人口が多く一人暮らしも多い
・都心部に購入する事が出来た
・利回りがしっかりある物件
上記を検討した結果、大阪で買うことにしました。突然、営業電話をされて
会ったのですが、あんまり営業しすぎて無い人だったのも理由の一つです。
2013年頃から、5年位経過している現時点では、固定資産税や管理費等全て支払うとプラマイ0なので、結果成功かどうかの見極めは出来ていません。
ただ、総合的な事を考えると、現時点ではプラスとなっています。
・全額ローンで購入しており、団信保険に入ることになるため、生命保険代わりになる
・実際には現時点では進んで無いけど、インフレに強い
・減価償却が出来る
・不動産投資=個人事業 となるため、必要経費が認められる
個人事業の収支とサラリーマンの所得の合算で確定申告(これに加えて青色申告も出来る)をする事が出来、結果としては税金の還付があったりします。本来は、利益が出るようにしたいのですけど。
マンション投資は、結論がまだ見えていないので、何ともいえませんが完全に業者に丸投げの形式よりは、自分で良い物件を探してメンテナンスをするのが利に結びつくのではと考えています。
先日、大阪で大きな地震がありました。
被害にあわれた方、被災した方もいらっしゃると思います。早く平穏な日常に戻りますように。
自分のマンションは大丈夫だったかな。少し心配ですね。
ちなみに、自分の住宅用マンション購入は自分は「しない派」です。
ローンを組んで、ローン+金利と手数料や管理費、修繕費全てを払いながら、マンションの建物価値は下がっていくので、その分投資をする事が出来る人であれば、その方が結果としては成功するのではと考えます。
8割位キャッシュで支払いが出来る、その土地に永住するまたは超都心部で借りて需要が必ずある物件だったら買うのもありかもですね。永住も、近隣者リスクとかもある。
車や家を所有したいという価値観よりも、使用するだけで良いという社会にこれからどんどんなってくると思います。
車は、カーシェア+タクシーを利用しています。
都心部に住んでいるのであれば圧倒的にコストが安いと思います。どれだけ利用しても
月に5万も行かない位です。
高いとこであれば駐車場だけでその位かかりますよね。それに加えて、税金、ガソリン代、保険代、車検、メンテナンス、アクセサリー それに比べて自分が運転するのでお酒が飲めないし、運転するリスクまで。
趣味だともちろん良いと思いますが投資目線で考えると、自分は持ちません。いつか株の配当だけで余裕で購入できる位の余裕ができるまで。
マンションもちょっと前まで欲しいなと思っていたのですが、今は全く考えてません。
自分の嫁さんもいつ海外とかに移るかもしれないし、動けなくなるから買う必要ないよとのこと。
冷静に考えると、確実に人口減の日本で、高層マンションがボコボコたってるのは少し恐いですよね。きっと20年後とか30年後に初めて高層マンションが古くなる時代に突入した時の修繕費の高騰と高齢化で、暴落したりゴースト化する気がします。
自分のおばあちゃんは、団地(今は立て替えてマンションになった)にずっと住んでいたけど、数十年前(高度経済成長時代)の団地って憧れの場所だったんですよ。今そこに積極的に住みたい人は多くはないですよね。
だから、今のタワマンの数十年後はわからない。不動産の広告は素晴らしいけど。
日本の不動産業界ってまだまだ「不」がありそうですね。
借りて側(お客さん)になぜか礼金払わせたり、更新時になぜか1ヶ月余分に請求したり、自分で調べてオーナーに言っても結局紹介手数料取られたり、鍵交換費用とか。クリーニング代とか。
海外では、デポジットは支払うけれども他のはなくてシンプルでした。それに家具も付いている。
今後、借りてが少なくなる+海外からの移住者も増えていく中で、こう言った「慣習」はどんどんなくなっていくのかなと思います。
ANA スーパーフライヤーズメンバー
マイレージに興味を持った事がある人であれば聞いた事があると思いますが、自分は
このカードを持っています。
簡単に言うとANAの上級会員資格(具体的にはラウンジ使えたり、優先レーン、優先登場、手荷物許容など幅広い待遇を受ける)を半永久的に持つ事が可能なクレジットカードです。
このカードは、ゴールドやプラチナカードとは異なりお金だけでは持つ事が出来ず、実際にANAの飛行機に乗った回数x距離に応じて付与されるポイントが一定量を越えると持つ事が出来るカードです。
タイに留学中には、日本に帰国する事も多く、飛行機に乗る時の上級会員と一般会員の扱いの差がすごく嫌で、絶対に取ろうと考えていました。
当時は、バンコクでチケットの発券をすると日本よりも安く貯めやすい環境だったのですが、実際に取得してみると資本主義の側面を映しているのがフライトの気がします。
上級会員が乗ると、扱いが非常に良い。今はほぼないですが、必ず挨拶をされたり、列に並ばずに済んだり、マイルが一般の会員に比べて1.5倍〜2倍たまる。実際にはマイルは、利用出来るので実質割引率が高い。
上級会員ほど、良い扱いを受け、お得に飛行機に乗る事が出来るサイクルになります。
他のポイントとかは基本的に興味がないけど、マイレージは気にしています。
社会人になって出張行ったり、旅行に行ったりして思うのですが、本当にこれを知らない人が多いなと思いました。
知っている知らないで、すごく変わるフライト生活、マイル獲得のために飛行機に乗る事を「修行」というそうです。
年々、この上級会員が増えてきて、あんまりプレミア感は無くなって来ているけどお得に飛行機に乗るなら絶対に持ってて損はないカードです。
国内線だと、登場の際にQRコードをかざすと「SFC」という表示が出て他の人とは違う音がします。
そういえば、この前自分の目の前の人は「VIP」という表示が出ていたな。
VIPとはどういう人なんだろう。政治家と大企業の重役が多いみたいです。
思考と行動力 留学のためのプロセス
前回のブログで、留学を決意したのを書かせて頂きましたが、
行くまでには、その時の自分には非常に困難な壁がありました。
思考と行動力の結果、もちろん家族には感謝です。が留学に行くことが出来ました。
そのプロセスの話をさせて頂こうと思います。
友人のホームパーティの衝撃から帰宅し、頃合いを見計らって母親との会話。
自分「留学することにした!」
母「ええ!何言ってるの?」「無理よ、そんなお金はないわよ」
自分「もう決めたから」
母「でもなんで急に?どこに?」
自分「タイ!」
母「タイ!?!?!」「農家にでもなるの?」
失望と怒りと呆れの織り交じった表情で、「もう知らないわよ!」と会話終了。
さすがに他のお願いとは異なり、なしのつぶて。でもここで諦める気持ちは1ミリもありませんでした。
問題は英語力とお金。
まずは、2年間の留学費の計算。最低金額を見積もって、授業料が50万くらい。生活費を100~150万として、年間200万円、2年で最低400万円は必要という見立てになりました。
自分はもちろん、貯金は無し。まずは頼れるところから。離婚はしているもののたまにごはんを食べながらお小遣いをくれる父親に相談に行きました。
やはり、バブル崩壊の余波でそんな余裕ない+再婚していて子供二人もいるからごめん。。。とのこと。
色々資金繰りを模索していると、当時の国民金融公庫の教育ローンがあることを知りました。限度が200万だけど、金利も非常に低く、将来の負担になりずらい。
親の年収が一定以下だと対象となるのでここはクリア。一旦半分は確保の見込み。
一方で英語力。先生の推薦は出してくれるが、現地では最難関の大学院。
英語力がないとそもそもアプライが出来ないとのこと。TOEFLで当時の最低213点だったかな?を満たさないとダメらしい。
ヤバい!英語なんて受験以来勉強してない。。。ただ、幸いにも英語は小学生から塾に行っていたので、まあまあ得意なほう。ただ、スピーキングとリスニングはほぼ、ダメだったので改めて語学学校に行く事にしました。
大学と週5、6のバイトと英語学校。友達との遊びはここで辞めました。
1年で単位が14単位しかとってなく、3年と4年は’フル単’とらないといけない土壇場の
状況で週5日の授業と、夜から朝までのバイトはほんとにきつかったです。体も壊しかけました。自律神経失調症と診断されて、体は限界に近い状態でした。肉体的にはこの時期が今までで一番辛かったと思います。
そんなこんなで、英語力は少し上達。実際には、しゃべったり聞いたりする癖がついてきたという感じでした。タイのきっかけになった友達と自分とは英語でしゃべってくれて英語漬けの日々でした。
そして、母親に再度交渉。
英語は今ここまでやってる。そして貯金も少し貯めている。(といっても20万とか)
留学資金も半分は目途がついた。だから何とかしてほしい、と。さすがに大学4年になるタイミングでしたし、就活は今さらできないという自分の悪巧みもありましたが。
ついに母が歩み寄ってくれました。祖母と叔母になんとか頼んでみるとのこと。そして
資金問題は一旦解決しました。
そして、英語問題に戻り、TOEFLのCBTテストを受ける・・・
が結果は、全然到達していない。記憶にもないけど大幅未達だったと思う。
大学院の応募が近づいている。もう無理か・・・でも諦めない。
応募要項を見ると、TOEFL〇〇点位の英語力のCertificationと書いてあるではないか。
これは、チャンス。なんとかならないかと思って、TOEICも受けるが足りない。
最後の勝負だ!と思い。留学前に1か月オーストラリアの英語学校+ホームステイに留学することに。
ここで勉強した証明書と日本の英語学校の修了書とTOEFLの結果をもとに打診。
その教授のお蔭もかなりあったと思うけど、大学院のスタートの前の2か月間、プレコースなるものを受ける事を条件に無事に入学の許可がおりました。
そんなこんなで、英語とお金問題は無事解決し、大学の卒業も決まり留学する準備が整いました。
長い文章になりました。
また、次回タイの生活なども書きたいと思います。
人との出会いがその人の人生を決める
前回のブログで「金持ち父さん 貧乏父さん」に影響を受けた話をしましたが、
自分の生活環境で実際にあった出来事を書きたいと思います。
自分の実家は、父親は自営で会社を営んでいますが、両親は自分が小学生くらいに
離婚して、自分は母に育てられていました。
母は、年収とかは聞いた事はないけど小さい会社の普通の社員。毎日7時くらいには帰っていたので、今思うとかなり大変だったのだろうと思います。
自分と自分の兄を育てるので家計はいっぱいいっぱい、実際には父からの養育費なんかももらっていたみたいなので、貧しいという気持ちはあまり感じたことはなかったです。ただ、いつもお金がない、厳しい・・みたいなことを言ってました。
母は、実家が昔お金持ちだったけど、祖父が連帯保証人になったことで、資産も無くなり、保守的に育てられた人です。兄は、おかげですごく堅実な考え方を持っていて(今でもすごいなと思っています)自分とは性格や考え方は正反対でしたのでしょっちゅう喧嘩が絶えない家庭でした。
自分は、将来お金持ちになるから自己投資(当時は遊びの)のお金をくれと言っては
咎められ、東京の高校だったのでお金持ちの家庭の友人が羨ましく見えたり、お金がなくて出来ない事もたくさんあって悔しい気持ちはあったと思います。
そんなもやもやと思春期が重なり、学校にも行かなくなり、高校生なのに夜中まで街をふらつくやんちゃな学生となっていました。
そんな時に出会ったある友人。もちろん今でも親友です。
彼は海外で生まれた日本人で、英語も日本語も出来る、モテるし人気もあるやつです。
家族も両親とすごく仲が良くて、やりたいことは何でもやりなさいという環境で育てられた人でした。
そんな彼とたまたま家が近かった事もあり、頻繁におうちにお邪魔してご両親とも仲良くさせて頂きました。
彼のお父さんは、仕事柄海外に行くことも多く、また自分で時間のコントロールのできる仕事をしていたようで、いつも余裕があり、微笑みかけてくれる、そんな人でした
自分の周りには、両親や友達含めてそんな海外に関係ある人もほぼいなかったので、今まで一般的な日本の考え方の枠内で物事を捉えていましたが、この家族のお蔭で、自分の心の葛藤がなくなり、「やりたいことをやる!」という考えを確信したと思います。
時は動いて、大学3年生の夏。
普通の大学生は、「就活」を始める時期です。
名前は知られているけれども、早慶には劣る1流まではいかない大学生だった自分は
どうしようか悩んでいました。大学時代は(高校からだけれども・・)遊びとバイトしかしていなく、単位もぎりぎりの状況で、ゼミにも入ってないし、英語もできない。
これと言ったスキルも知識もなく、面接で強みは?と聞かれたら、「コミュニケーション能力ですかね!」と答えてしまうそんなどこにでもいる学生でした。
そんな時期に、その友人の「家族がいろんな人が集まるホームパーティあるからおいで」と招待されたので、そのパーティに行きました。
そこで出会ったあるご年配の方。やはり友人の父親のように穏やかで、にこやかな話し方をする余裕のある方でした。何していらっしゃるのか聞いてみると、日本の〇〇大学の教授とタイの国立大学で、教授兼アドバイザー(えらい人らしい)をしているようでした。
「君は何をしているの?」という質問に「〇〇大学の学生です。今3年なので、これから就活をしようと思っています」と答えました。
少しの沈黙、そして自分を観察する目、数秒後に、「うちのタイの大学院に来ない?」
との質問。
「はあ?」
留学するお金も無い、英語もできない、ましてや留学なんて行きたいとも思っていなかった自分。なんで俺?と思いながら、色々質問してみました。すると、
「タイで一番の名門校で、海外の有名大学の教授が講師である」
「経済学は古い学問で世界のどこで勉強しても基本は同じ」
「生活コストも授業料もはるかに欧米よりも安い」
「英語での授業」
「これからは必ずアジアの時代が来る」
「欧米の留学生はたくさんいるけど、アジア(更にタイ!)に留学する人は皆無」
タイは、たまたま教授と出会う少し前に友人に連れて行かれた初海外。お金も無かったし、興味もなかったけど、「予約もうしちゃったから」という事で断れなく行った場所。当時は、もちろん、日本より物価もめちゃくちゃ安くて、雑多な街。お金を持っていない人も多く、でも街は非常に活気があり、何より信じられなかったのが、当時バブル弾けて社会全体が暗かった日本に比べて、みんな底抜けに明るい事。
世界って色々な人がいるんだなあと、海外に少しだけ興味を持ち始めた瞬間
その流れでのこの教授の提案。
人と違う事をしたい、人よりも違う人生を行きたい(けど殻をやぶれない)と考えた自分は、ここが一つの勝負だ!と思い、すぐに、「行きます!」との返事をしました。
タイミングとご縁は、どこにあるかはわからない。
でも、結果、この意思決定が自分の将来に決定的に変わるターニングポイントとなりました。
勝手に決めた留学。ただ、お金と英語問題は解決していない。
どうしたかは次回書こうと思います。
金持ち父さん貧乏父さんから学んだ事 学生時代の話
自分が学生時代に流行ったロバートキヨサキ氏の「金持ち父さん貧乏父さん」という本
両親が離婚しており、決してお金持ちではない家庭環境で育った僕には非常にセンセーショナルな本でした。
当時はまだ(今でもそう信じている人は多いと思うけど)、出来るだけ有名な大企業に入って、結婚して、ローンを組んで家を買って、貯金をしながら将来に向けて生きるのが良いというのが一般的な世界観があったけど、どこか違和感を感じていた僕は、この本に非常に刺激を受けました。
高校の時は、優等生とは決して言えない学生生活を送っていました。
授業は、毎日遅刻、学校終わったら(ほぼ早退)、渋谷で仲間とあってダラダラしてたまにバイトする生活でした。
勉強はもちろんそんなに好きではなくて、大学受験のための塾の勉強だけはしていましたが、高校の授業はほぼ受けていない状況でした。
ただ、人とは違う生き方をしたいと思っていたので、学生ながら投資セミナーに通ったりして株とかお金に関しては勉強をしていたのですが、ちゃんとした稼ぎもなく、社会経験もない自分には、半分以上わからない事だらけで、いまいち消化不良でした。
そんな時に出会ったこの「金持ち父さん 貧乏父さん」という本
出会ったのは大学2年生くらい。
多くの人がもちろん読んだ事があると思いますが、簡潔に書くと、資本主義の世の中には4つのタイプの人いて、Bビジネスオーナー、I投資家、E従業員、S自営業者で、
BとIは権利収入という不労所得があり、EとSは労働収入という自分が働いた事に労働所得をもらう2層に分類されるという本です。※詳細は省略
学生時代の知恵も人脈もお金もない=リスクがない状況で出会えて本当に良かったと
思います。この本を読んで実行に移すか否かというのが一番大事なのですが、
なにもなかったから、シンプルに、BかIになればいいんだ!これだ!と感じることができました。当時時給1000円で働いていたにも関わらずw
自分が働かずに資産に働いてもらって、対価を得るなんてすごくないですか?
本当にこの考え方は、資本主義を自分にシンプルに説明してくれた本として今でも
続編を読んだりしています。
ロバートさんのように、時代の流れや土地柄もあると思うので不動産投資で生きて行こうとは思わなかったけど、お金に関してやマネジメントの考え方の源泉として現在の自分に繋がっています。
現在の自分のステータス:
Bに非常に近いE+ I
現在は、不動産投資と株式投資をメインにしながらEのサラリーマンをしています。
ただ、Eと言っても、自分が汗を書かなくても、戦略やマネジメントをする事で利益(ボーナス)をかなりもらえる仕組みの中で働いています。(仕事の詳細は書きませんが)時間も自由だし、BとIに近いところでタイトルにある2億円を目指しています。
自分がいる会社は50代で働いているイメージが無いので、45歳くらいまでにお金に関して心配せずに済むような資産を形成して、本当にやりたい事をしたいですね。
「自分には投資する貯金が無い」とか「ビジネスを起こす勇気が無い」とか
「結婚したばかりで投資は難しい」とか「安定した人生を送りたい」とか
自分にはツッコミどころがすごく多いです。
銀行に預金するのもある意味投資だし、E従業員だけど働くのは自分から見たらすごいリスクだし、資金がなくても、PCとスマホで、出来るビジネスはたくさんある。
自分もまだまだ、投資家としては駆け出しの子供だけど、やると決めました!
多数の人と違う人生を歩むためには、世の中の仕組みを知る事、理解してまずはやって見る事、失敗したら反省して成功するまで諦めずにやり続ける事。
チャンスが来たら、全力で進む事。
自分にも言い聞かせる言葉です。